稲田大学 体温・体液研究室

ヒトの温度と水に関わる問題を解決する

Waseda University Body temperature and Fluid laboratory

マスク熱中症に意見する

マスク熱中症に物申す

はじめに

新型コロナウイルスの感染症リスク、マスクの必要性、そしてマスクをしたための熱中症リスク。ただし、いずれもこれを述べるには確実なエビデンスが、もしエビデンスが存在しないのであれば今までの知見から正しく推測をしなければならない。思い込みで、理論を展開して煽ってはいけない、それにのせられてもいけない。

マスクは保湿するのか?

気化熱(水が蒸発するときに失われる熱)は、とても人にとって重要である。汗は蒸発してはじめて体温調節が可能となるし、逆に湿度が高ければあまり役に立たない機能となる。今巷に流れている情報は、マスクが呼吸からの気化熱を妨ぎ、逆にマスクは呼吸によっておこる脱水を妨げるというロジックのようである。普通に生理学を勉強した人には本当にそうなのかと多分???が頭に浮かぶであろう。

呼吸による水分喪失のシミュレーション

では、そもそも人はどれぐらい呼吸で水を失っているのだろうか?

安静時の1回換気量(吸って吐く量)は70kgの男性でおよそ500ml程度である。

1分間には12回程度呼吸をして、これが1日になると、8560Lにもなる。

今日の気温は25°C 湿度は60%(当然場所にもよりますが)

この空気に含まれる水分はTetenseの式で求められる。

この式から求められた1m3あたりの空気に最大含まれる水は約23g 湿度60%というのは、この60%水が存在するということなので14g弱の水があるということになる。

一方、呼気ではだいたい95%前後の湿度になると報告されていて、温度は体温まで上がるかどうかわからないのだが体の中心の温度である37°Cまで上がるとすると1m3あたりの空気に最大含まれる水は約44g 湿度95%では同様の計算で約42gの水があるということになる。ただし。この加湿は肺の奥まで通ってのプロセスなので、紙や布一枚で気道と同じように直ちに加温加湿されるとは到底思えない。ただ、この部分は私の推測で、エビデンスはないので無視して欲しい。

マスクの有無での呼吸による水分喪失のシミューレーション

1m3は1000Lなので1日あたり失われる水は、(42-14)X8560/1000で約240ml失われていることになる。まず、この量が水分代謝に影響するのかどうか。コップ1杯弱である。気化熱は約590kcal/L、呼吸で140kcalの熱の喪失、70kgの人ならざっくり2℃程度の体温低下になります(そもそも人はたくさんの熱を作っているので1500kcal(人によりますが)このうち10%程度呼吸で逃しているといえばいいでしょうか)。ではマスクをすると吸っている空気は呼気と同じぐらい温度があがって、湿度もあがるのだろうか?そうだとすれば、140kcalの熱を逃すことができず、他の体温調節機能が働かなければ2℃ほど体温が1日の終わりに上がっていることになる。

運動時のマスクの影響

つぎに問題視している運動時のマスク着用を考えてみる。

同じ70kgの男性、ちょっと息が切れるぐらいのジョギングを50分おこなったとする。呼吸の量は一気に上がって50L/分であったとする。すると50分で2500Lの呼吸が行われて、安静時に比較すると61ml余分に水分が失われることになる。まず、ここで言えるのはマスクをして、吸い込む息の湿度と温度が上がったところであまり脱水予防にはなりそうにはない。

次に失われる熱を考えると約60kcal増える、マスクをしているせいでこの熱が放出できないとすると、体温は普段より約0.4°Cの上昇を導くことにはなる。くどいようであるが、マスクをしたために、吸気が呼気と同じ程度に加温加湿されたと仮定した場合である。加えて汗などかかないこと仮定して計算している。

暑熱下での影響

では気温が高くて、高湿度ではどうなるのだろうか。マスクなし、気温が30℃、湿度70%だと45mlの水分喪失する。暑くなって湿度が上がれば、25°C 60%の環境での運動に比べると、マスクをすることによる熱中症リスクは下がるということになる。それなら、マスクの着用のために、体温が上がって熱中症になるリスクが夏になって上がっていくという発言は間違いではないかと思う。所詮、私の机上の計算であり、正しくはこの計算が実験で得られるかが大事なことであり、必要とされることである。

サージカルマスクを使って実際実験をされている貴重なデータも公開されている。

https://www.toyo.ac.jp/uploaded/attachment/8377.pdf